山と海、人の暮らしが一続きになる、南四国の海岸線。
四国の西側、愛媛と高知の海岸線を巡る足摺宇和海国立公園。黒潮が育む青い海、複雑に入り組んだリアス海岸、そしてそのすぐそばで続いてきた人の暮らし。この場所では、自然と生活の距離が驚くほど近い。
旅のはじまりは、内陸に位置する法華津峠。段々畑の向こうに港町と海が見えた瞬間、「自然と暮らしが一直線」という言葉が浮かんだ。渓谷、石垣の集落、養殖のいけす、断崖、珊瑚の海、そして人との何気ない会話。そのどれもが、この国立公園の輪郭を静かに教えてくれた。
基本情報
足摺宇和海国立公園
指定:1972年11月10日(昭和47年)
面積:約11,345ha
エリア:愛媛県・高知県
特徴:リアス海岸、海食地形、渓谷、黒潮の影響を受ける海域
撮影時期:2026年2月上旬
撮影時間帯:朝から日没まで
目次
1. 自然と暮らしが一直線になる場所2. 森の水が海へ向かう、滑床渓谷
3. 石垣の集落と、海で生きる風景
4. 黒潮が削った海岸線と、生きものたち
5. あたたかい土地に残る、旅の余韻
1. 自然と暮らしが一直線になる場所
旅の始まりに訪れたのは、この国立公園では珍しく内陸に位置する法華津峠。山間には段々畑が広がり、その先には港町と海が見える。太陽に照らされて輝く海と、連なっていくリアス海岸。その景色を前にしたとき、「自然と暮らしが一直線」という言葉が浮かんだ。
峠を下り、海の目線で車を走らせると、山と海の近さをさらに強く感じる。夕暮れ時、漁師町ではリヤカーにみかんを積んで運ぶお婆さんの姿があった。よく見ると、至るところに柑橘の木が実っている。なるほど、これが愛媛か。道の駅や直売所で手に入れたポンカンや甘平は、旅のお供として⼤いに活躍してくれた。土地の風景と食べものが、そのまま旅の記憶になっていく。




2. 森の水が海へ向かう、滑床渓谷
翌朝向かったのは、足摺宇和海国立公園の中でも数少ない山側のエリア、滑床渓谷。森の中を歩くと、静かに川の音だけが響いている。水の流れによって侵食された岩肌はなめらかで、水はその上をすべるように流れていた。
人の背丈を超える岩が転がる山道を登っていくと、まだ雪が残っていて、さらに先には氷瀑も現れた。ただ、登山道を流れる水が凍りついていて、近づくことはできなかった。もう少し季節が進めば、この氷も水となり、川となって岩を削りながら、やがて海へと流れていくのだろう。滑床ビジターセンター 万年荘で、「良い旅を」とパンをいただいた。何気ないやりとりが、この場所のやさしさをそっと教えてくれた。



3. 石垣の集落と、海で生きる風景
次の日からは海側を巡った。石垣で築かれた集落、外泊。歩くだけで息が切れるほどの急斜面に、手作業で積み上げられた石垣が連なっている。それらは台風などの厳しい自然にも耐え、100年以上前からこの場所に残り続けてきた。そして今も、そこには人の暮らしがある。
移動中、養殖用のいけすに浮かぶ船のまわりを、無数の鳥たちが飛び回っていた。夕暮れ時、高台から見下ろした柏島の湾内にも、いくつものいけすが並んでいる。ただ美しいだけではない、人や生きものの暮らしを支える海。その風景を眺めていると、土地の営みそのものがこの国立公園の一部なのだと感じた。
夕方、北海道からこの季節だけ働きに来ているという人と出会い、別れ際に、鳥を呼ぶための小さな道具——手作りのバードコールを手渡してくれた。またいつか、どこかで。




4. 黒潮が削った海岸線と、生きものたち
小雨の降る柏島周辺では、港に現れたイルカを気づけば2時間ほど眺めていた。雨が止んだあとに向かった大堂断崖では、崖沿いの道を登るにつれて、この土地の荒々しい輪郭が見えてくる。切り立った地形のすぐそばで、人は暮らしてきた。そのことを、海を見下ろしながらあらためて実感した。
次に訪れた竜串海岸では、晴れた海の青さに目を奪われた。黒潮の影響を受けた海は透明度が高く、波や風によって削られてできた不思議な形の岩があちこちに広がっている。蜂の巣のような岩、ラクダのコブのような岩、巨人の背骨のように見える岩。大きな岩に目を奪われながら足元を見ると、打ち上げられた珊瑚のかけらもあった。すぐ近くの足摺海底館では、熱帯魚や珊瑚礁を眺めているうちに時間がゆっくりと流れ、最後には野生のウミガメが目の前まで泳いできた。待っていて本当に良かった。
四国最南端の足摺岬では、夕焼けの木漏れ日の中を歩き、白山洞門を訪れ、雲に隠れていく太陽を見送った。水平線に沈む夕日ではなかったけれど、美しい茜空だった。日没後、万次郎足湯で疲れを癒やす時間まで含めて、この海岸線の記憶は深く残っている。



5. あたたかい土地に残る、旅の余韻
最終日の朝、一気に冷え込み、雪が降った。春の陽気から一変し、海沿いには強い風が吹いていた。臼碆の海に突き出た岩山にある竜宮神社を高台から拝んだあと、近くの漁港でアコウの木を見に向かう。大きな岩にしがみつくように根を張るその姿には、この土地ならではの生命力があった。
滞在中、とにかくさまざまな場所で人に話しかけられた。ガソリンスタンド、道の駅、漁港、スーパー、展望台、足湯、銭湯、ビジターセンター。猫もずっとついてきた。気候も人もあたたかい場所だった。青い海と山、その隙間に見える人の暮らし。旅のはじめに浮かんだ「自然と暮らしが一直線」という言葉は、最後まで変わらなかった。今度は泳げる季節に、また訪れたいと思う。




National Park Photographer/Videographer
Ryuhei Hata | 秦 竜平
学生時代に旅したアメリカの国立公園での経験が、自然を記録する原点となる。現在は、雄大な自然の中で人が暮らし、文化が育まれてきた日本の国立公園に魅力を感じ、その風景を写真・映像で記録している。



